主日説教
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 聖霊降臨後第十七主日 2008年9月7日 マタイ福音書18章15節~17節
「すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。」と記されています。この「二人または三人の証人」は事件の目撃者かもしれません。あるいは、同じ人が犯した、同じような事件の被害者かもしれません。そして、聖書はこう続けています。「それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。」これは、既に教会が教会として、マタイ福音書が記されたときまでに組織化されていることを示しています。言い換えれば、マタイ福音書が記されたと考えられる一世紀の終わり頃には、教会が神の新しい集団として出来ていたことを意味しています。 そしてマタイは、「使徒たちに」と書かずに、「教会に」と記しています。ここでは、出来事がある程度の具体性をもって記されていますから、この「教会に」という言葉が、所謂キリスト教会全体を意味しているわけではなく、それぞれの人が属している具体的な教会=洗礼を受けた信仰者の群れを意味しているのであろうと思われます。ですから、「使徒」や「司祭(長老)」だけではなく、信徒も含めた教会全体をマタイは「教会」と表現しているのであろうと思われます。 「教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。」
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