主日説教
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 聖霊降臨後第十九主日 2008年 9月28日 マタイ福音書21章28節~32節 † † † † † † † † † † † † マタイ福音書3章1節以下 そして、聖書が語る福音の原点に至る道はこのバプテスマのヨハネのメッセージに始まると言っても過言ではないと思います。私共の信仰も、そして、ここに始まります。 「彼を信じようとしなかった」というのは、悔い改めることが出来なかったことを意味しています。そうした意味では、「ヨハネの言葉を信じなかった」ということに近いかもしれません。ひとは時として罪を犯します。過ちを犯します。ある時には自分を正当化するために、弱い人々を陥れることさえあります。そうした過ちを認めることなく、そのままの生き方を続けるならば、そこには信仰はあり得ないというのが、今日の聖書のメッセージです。「徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。」という主の御言葉は、明らかにそれを示しています。 私共クリスチャンは信徒であれ聖職であれ、神のようにされた者でも、神のようになった者でもありません。むしろ、神の御前に自らが罪を犯し、過ちを犯し続けていることを懺悔し、生き方を変える決心をし、主が聖書を通して示し給うた悔い改めの道を歩む者たちの群れであります。ひとは、洗礼を受けると、罪を犯さなくなるわけではありません。日々、その時々に、主の御旨を忘れ、主の道から離れ去ろうとしてしまいます。しかし、主イエス・キリストは私共が悔い改めて、主の道に帰ることを私共に命じていらっしゃいます。 【 祈 り 】 PR |
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